
『親の心子知らず』
月曜日の朝、〈彼〉等の動きが不審だった。
白い仔犬の目撃情報があった…

その日、一番最初に仕事場に出勤して来た同僚は
AM4:45分くらいに来たという。
その時、仕事場の庭から走り出して逃げて行った
白い仔犬を見たという。
〈ロビン〉より少し小さかったという話で、
それはもう、〈キューちゃん〉の子供に違いない。
確かに、もう、離乳の時期が来た。
もうじき田植えの季節、
用水路の水が増え、水路脇の草が刈られる。
田圃を起こすために人が入り、耕運機が走る。
里に近い山に住む〈彼〉等の住処も騒がしくなってきた…
〈キューちゃん〉の子供達の親離れ、子離れの時期が来たんだ。

月曜日の朝、お世話係のAちゃんに
〈彼〉は何か言いたげに近づいて来たのだという…
「連れて来たけど、山に帰ってしまったんや!」
「また連れてくるけん、頼むな!」
そう言われたのかなぁ…
Aちゃんはそう思ったらしい。
仕事場の防犯カメラにその時の光景が残されていた。

(夜明け前、少し明るくなってた頃からの映像からになるのだが)
AM4:28 〈彼〉と〈ルミちゃん〉が仕事場の庭から出て来る
AM4:34 〈キューちゃん〉が庭に入り、すぐに出て来る
(下見に来たような雰囲気)

AM4:40 〈キューちゃん〉が白い仔犬を連れて庭に入る


AM4:45 一番に出勤して来た同僚が道路を歩いてくる
AM4:46 人の気配に怯えたような白い仔犬が庭から走り出てくる


母犬である〈キューちゃん〉がまだ庭に残っているようで
「お母さん!早く逃げよう!」
そんな声が聞こえるような状態で
仔犬は庭の方を振り向き振り向き、
それでもシッポを下げて山に向かって走って行った。

画面からは見えなかったのだけれど
山に向かう道の両端には〈彼〉と〈ルミちゃん〉が
仔犬を留めようと居たのだけれど、
仔犬は振り切って山まで戻ってしまったのだという…
AM4:55にはAちゃんが出勤して来て、
その姿を近くで見ていたのだろう
〈彼〉と〈ルミちゃん〉が庭に入って行った…
月曜日の朝は失敗に終わった…

火曜日の朝も挑戦したような雰囲気だったのだけれど
画面に映るぐらいまで連れて来ることが出来なかったようで、
少し離れた山道を〈キューちゃん〉が道を上に下に
仔犬を探して走り回っているような姿を私の母が見たという。

水曜日の朝は雨だった
〈彼〉は雨降りの日が嫌いなのか
雨の日には姿を見せないことも多い、
水曜日の朝は連れて来なかったのだと思う。

水曜日の夕方、(昨日の事だが)
私の母が山道を〈彼〉と歩く白い仔犬の姿を見つけ、
山の住処から仕事場の庭まで連れて来るための
練習しているような光景を見たのだという…

山の上の道から里まで下りる坂道を
しぶって下りてこない仔犬を懸命に宥め宥め、
先に下におりて転がってリラックスしている風に見せてみたり
シッポを振って呼んでみたり、
ちょっと怒ってみたり、
〈彼〉はずいぶん頑張って待っているのだけれど
仔犬はそのうち姿を消して
住処にしている神社の方に帰ってしまったようだった…
その神社の住処だって
いつまでも居られる場所じゃない。
親犬達の焦りが伝わってくるような毎日だ…

今朝、〈彼〉は疲れていた…

おはよう…

汚れた毛並み、もつれた毛並み
ずいぶん くたびれてしまったね…

水路の水音を聞きながら
ペッタリと腹ばいになる…

疲れちゃったんだね…

「ちょいとばかり休ませてもらうで」

うん。
休んでお行きよ、
疲れたんだろ。
思うように連れて来られないんだね…

〈ルミちゃん〉は厳しく厳しく言い聞かせて連れて来た。
仕事場の前まで連れて来られたら
多少咬み傷をつくってでも置いて行くつもりだろう。
だけど、
仕事場近くまで下りてこられなければ私達に託せない。
受け入れる用意は出来ているよ、
連れて来られるだろうか…
親の心子知らず…
親離れ
子離れ
どちらも辛いものだね…
ただ、今回初めて私達に託す時の様子を見て、
親犬達の気持ち(焦りや困惑)が感じられて…
ますます、放ってはおけないなぁ…って思った。
野に生きる者達の生き抜く厳しさと
そんな中で私達に子供を託す信頼感。
私達は裏切れない!
こんな健気な者達を
裏切られるわけがない!
こんな関係もまた稀なのでしょうね…
☂